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プロローグ
「あなたの好きな色は何ですか?」
そんな問いを今までの人生で何度か受けてきた。心理テストで、あるいは英会話のレッスンで。
それらの質問に対し、自分が何と答えていたかは茫として覚えていない。きっとその時々で適当な色を思いつくままに答えていたのだろう。
そのありふれた問いに対する用意という点に関して言えば、中学1年生の夏休みの間に大きな進展があった。
私はやっとそれに答えるに足る色を見つけたのだ。
しかし、その色の正しい名称やそれに似た色について、相応しい言葉を私はまだ知らない。そこに至るまでにはたぶん、もう少し時間がかかるのだろう。
だから、やがてその時が来るまで、私はその色の記憶を風化させることも美化させることもなく保持していなければならない。
果たしてそれは可能なのだろうか?
私は正座を崩して胡坐になると、じっと目を瞑り、瞼の裏にその色を出現させた。
その色、その光景は未だ時間の浸食を許しておらず、細部に至るまでありありとその姿を私の目のうちに晒した。
しばらくその美しい色をひとりで楽しんだ後、私はテーブルの上に置かれたホルベインの透明水彩絵具を取り出した。24色セットのそれからチューブを次々と抜き取り、中身をパレットの上に展開させた。幾度も混色の試行を重ね、希望の色が表れるのを辛抱強く待った。
はじめにパーマネントイエローレモンを手に取ってから20分が経ったころ、納得のいく色が僅かながら完成した。
私は早速それを絵筆ですくう。その絵筆で白い中目の水彩紙の上に優しく色を置く。
何かに取りつかれたように、私は夢中でその作業を繰り返した。
簡易な下書きだけが施された四つ切りの水彩紙は、みるみるうちに「その色」に近づいていった。
やがて絵は完成した。
羨ましいほど眩く、うっとりするほど幸せな黄色。
この絵を見せたときに、あの人はいったいどんな顔をするだろうか。
私はその顔を思い浮かべながら、色のついた絵筆をプラスチックのバケツに溜まった水で丁寧にすすいだ。
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