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陽は少し西に傾きかけていた。
あの日、叔父と見た桜並木は散りかけている。
いつの間にか男の子は抱っこされて、母親の肩で眠っていた。
― この子、桜をみると涙をこぼすんです。無意識みたいなんですけど。
男の子の顔を覗くと確かにまつ毛が濡れている。
そうか。
やはり、そうなのだ。
― 亡くなる前に、聖也さんに頼まれてこの桜を見に来たんです。
嬉しくて眺めてるのに、泣きたくなる、って。
そう告げると、男の子に頬ずりしながら黙ったままのそのひとは、
少しの沈黙のあと、静かに喋り始めた。
― 中学3年の時、彼・・聖也さん、転校してきたんです。
「職員室、どこですか?」って聞かれて。こんな桜の季節でした。
たまたま同じクラスになって、席が隣になって。
よくある話です。
― あの頃も、彼、綺麗な人でした。下級生の女の子達が見に来るほどだったから。
― 聖也さんがどんな境遇かは、周りの大人たちの言葉で何となく知っていました。
・・・病弱で、休みがちなのに成績は良くて、はっ、とするほど男前で。
もう、15歳の同級生には太刀打ちできるものがない、っていうか。
― 入院が決まっているから高校へは行けない、って。
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