三月三十一日のこと

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 住んでた頃は、ただのボロ屋にしか思えなかった駅舎も、あらためて見ると趣があっていいものだと思う。そんな調子で駅周辺を気ままに撮影していると、レンズ越しにまたトレンチコートの男性を見つけた。  先に改札をくぐっていたはずの彼は、戸惑ったように視線を巡らせていて、何かに困っているのだとすぐにわかった。そして、私の存在に気付くと、相手から声をかけてきた。   「すいません、タクシー乗り場はどこですか? 田子山地区に行きたいんですけど」  目があった瞬間に、強い既視感に襲われた。(ひかる)だ。  背は高く、やや細身だけれど決して貧弱とは言えない体躯、それに健康的に少し日焼けした肌。あの頃とは違う外見だれども、顔、??特に目元は記憶にあるそのままの光だった。昔、彼がそうなりたいと願っていたように、すっかりと男らしくなった姿でそこにいた。   「あっ、あの……」  なんて声をかけていいのかわからず、私はもごもごと言い淀んだ。  だって、すっかり大人びた光の私を見る目は、とても表面的なものだったから。彼は私が誰だかわからないのだろうか。昔からあまり変わってないはずなんだけれど、なぜ気付いてくれないのだろう?  少しがっかりしながら、「私のこと覚えていない?」と切り出すタイミングを失ってしまったので、仕方なく彼に真似て他人行儀に答えた。       
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