三月三十一日のこと

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「でも遥のことはわからないの?」 「……ごめん。どうしてだろう」    どうしてって、こっちが聞きたい。本当に申し訳なさそうに謝られると、余計惨めな気分になる。  なんで、私のことだけ覚えていないなんて残酷なことを言うのだろう。いっそ光が意地悪だったり、高飛車な態度がにじみ出ているような男になっていたらよかったのに、成長した彼は表情だけは昔の優しい光のままで、「いい人」のオーラが漂っているから厄介だった。これでは文句も言うに言えない。  結局光も、美里の車に乗って向かうことになった。  運転は美里。軽自動車の後部座席はあまり広くはないから、助手席を光に譲って、私は一人で後ろに座った。  どことなく流れる気まずい空気を払拭するために、美里が積極的に光に話しかけるが、私はいまいち乗りきれず、黙って二人の会話を聞いていた。 「光はどこに泊まるの?」 「前に住んでた家。まだ売ってないから」 「でもガスとか水道とかないでしょ?」 「ガスは止めてあるけど、掃除を依頼してたから水道は大丈夫。一晩だけだし、寝袋と携帯食持ち込んでる。なんとかなるよ」     
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