三月三十一日のこと

9/11
前へ
/25ページ
次へ
 六年生の夏休みの後、再び東京に戻ることになった光は、なぜか引っ越し先の住所も電話番号も教えてくれなかった。私たちの連絡先を光に渡すと「ちゃんと手紙を書くから、待っててね」と笑って言ったから、その時はさして疑問に思わなかった。    でも、いくら待っても手紙が届かない。痺れを切らして、親に何か知らないかと聞いても、わからずじまいだった。そして母子の住んでいた家は、人に貸すわけでも売るわけでもなく、ずっと使われないまま今でもそこにある。小さくて古い家だけれども、現実的な問題を考えたら税金や管理が大変なはずなのに。  私の中で光という存在は、思い出の中だけのきれいな男の子に昇華していたのかもしれない。相手は私のことを特別には思っていなかった。今日この町に現れたのも、たまたま思い出して気が向いた程度のことなんだろう。そうでないと、すっかり忘れられてしまった私はやってられない。    幼馴染み全員がそろったのは、六年生の夏以来だ。「やまだ屋」でお好み焼きをつつきながら始まった小さな同窓会は、長い空白の時間を埋めるように会話は弾み、盛り上がっていた。  話題の中心にいるのは光で、草太や圭介が自分より背が高くなってしまった光に、負け惜しみ混じりに、昔はいかに小さくて可愛かったかを語っていた。     
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加