桜の木の下で

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 たまーに喧嘩もしたけれど、お互いを晒し合って、思いやって、すれ違った時には立ち止まって、そして二人で幸せの形を作り上げていったんだ。  だけど……。  それは先週、終わりを迎えた。  身も心も引き裂かれるとはこういうことか。  神は人間には乗り越えられるだけの試練しか与えないと誰かが言っていたが、俺には乗り切れる自信なんてない。  最後に見た穏やかな顔に実感がわかなくて、これでお別れだなんて思いたくなかった。  けれど隆司はあっけなく俺の目の前からいなくなった。  二度と会えない寂しさに、衝動的に家を飛び出して気づいたらここまで来ていた。  ここが俺たちの、原点。  夜の帳が下り始める中で桜の木を眺めていると心も穏やかに凪いで、苦しい気持ちも思い出した出来事とともに春風に舞い上がり、少しずつ綺麗な想いへと昇華されていく。  この気持ちを忘れるなんてできない。 だから抱きしめて心の箱に大切にしまっておこう。  あの頃より随分とシワが増えた手で抱いていた位牌を抱えなおす。  きっと間も無く俺も隆司のいるところへ向かうだろう。その時に熱血指導されないように、また明日から前を向いて生きていく。  そして天国で言うんだ。 「あんたをずっと愛してる」と。
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