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桜の木の下で
タクシーから降りて前方を見据えると、昔と変わらない美しさに自然とため息が漏れた。目の前には夕暮れに照らされた幻想的なアーチが続く。
ふいに春風がそよぎ、見頃を迎えた満開の桜の花びらが郷愁を誘うように舞い踊る。
少し進んだ先にある桜の木の下のベンチに座り、思いを巡らせていると、このまま桜並木を進むとあの頃に戻れるのでは、という錯覚に陥ってしまう。
記憶に残る映像も今と同じ色をしていた。
当時―――。
俺が高校三年生になったばかりの時に両親が離婚した。
周囲の人たちは「まさかあの夫婦が」と口々にささやくほどに、社会的地位の高い職業についていた両親は完璧な仮面夫婦を演じていた。
だが元々互いに干渉しない夫婦であり、子供だった俺が見てても明らかに年々その溝は深まって最後の方はお互いがほとんど家に帰ってこないという状況だったから、離婚という結論を出したときには特に驚きもしなかった。
そして一人っ子の俺は「跡継ぎ」という名目で父親側に引き取られたが、子供の高校卒業を待ちもせず離婚したことからもわかるように、全くもって俺に興味を示さない父親に、今までの優等生の仮面を脱ぎ捨てた。
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