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進学して新しい生活に慣れるころにはきっと気持ちも落ち着いてくるだろう、と無理やり自分に言い聞かせもしたが、進学を希望していた大学の合格通知を受け取った頃に、先生が今年度いっぱいで遠い地へ移動することを知った俺はいてもたってもいられなくてひたすら葛藤した末に、この機を逃すと一生後悔する、と覚悟を決めた。
3月31日、東雲高校での職務を終えた先生を裏門から続く桜並木の下で待ち伏せた。最終日までも仕事をこなしているのか、次第に上空はオレンジ色に濃紺のヴェールが降りつつある。
長年雨風にさらされて色褪せたベンチに座っていると、人気のない裏門から先生がスーツ姿で出てきた。日頃はジャージに近い格好なのでやっぱり着慣れないのだろう、門を出ると同時にネクタイに指をかけて緩める。不覚にもその姿に艶っぽさを感じてしまう。
「……鈴峰?」
夕闇の中でゆっくりと立ち上がると、俺に気づいた先生が訝し気に声をかけてきた。
「先生、お勤めご苦労さん」
「あ、あぁ。どうしたんだこんなところで」
まさか俺がいるとは思わなかったのだろう、瞳が見開かれて驚いてる表情が可愛い。
「ちょっと、話があるんだけど」
「よし、飯でも食いながら聞いてやる。何が食いたい?肉か、魚か……」
すでに卒業したとはいえ、ついこの間まで教え子だった俺の思い詰めた様子に元来の教師魂が疼いてくるのか、驚きを押しやってできるだけ明るい口調で気遣うのがわかる。
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