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席に着くと、佐々木君は背筋をピンと伸ばしたまま、動かなくなった。私が慌てて呼びかけると、我に返ったのか肩を大きく震わせた。真っ赤だった顔が、血の気を失ったように、白くなる。彼はオドオドと、再び下を向いた。 「いつから?」 このままでは、らちが明かない。私は声が周りに聞こえないよう、出来る限り小さな声で訊いた。佐々木君の肩が、大きく上下した。 「…去年の、5月ぐらいから」 去年の5月というと、ちょうど1年前だ。大学に入学して、少し経った頃である。それほど前から、佐々木君が私に好意を持っていたことに、私は驚きを隠せなかった。 私と佐々木君の話題は、もっぱらアイドルだった。そこに、恋愛の入り込む余地は、微塵も感じられなかった。あれほど熱烈に、好きなアイドルについて語る彼のどこに、普通の女性と恋愛をしている姿が想像できただろうか?  私は、言葉を失った。彼の告白に、戸惑っていたからではない。1年ものあいだ、佐々木君の想いに気付かなかった、自分の鈍感さに呆れたのだ。 私自身、恋愛に疎い方ではない、と思ってきた。経験が豊富なわけではないが、自分に好意を寄せている相手は、すぐに気付くことが出来た。しかし、それは自信過剰だったようだ。今回は、全く予想もつかなかったのだから。どんなにアイドルが好きでも、佐々木君が男であることを、私は忘れていた。 「気付かなくて、ごめん」  私は、頭を下げた。     
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