8人が本棚に入れています
本棚に追加
しかし、佐々木君はそうした周囲の視線など全く、気にしていないようだった。その姿からは、清々しささえ感じられる。
佐々木君のことを、恋愛対象として見たことはなかった。それは今も、変わらない。しかし、私の中で「何か」が動いたのは、確かだった。その「何か」は、小さな音を立てて、揺れた。振動で、「何か」の周りを覆っていた薄い膜も、かすかに震えた。
それは、今まで経験したことのない、感覚だった。
私は、佐々木君の目を見た。その目には、私だけが映っている。
「いいよ」
言ってから、しまったと思った。自分でも、自分の言ったことに動揺している。しかし、もう、引き返すことはできない。
私は恐る恐る、佐々木君の反応を待った。
彼は微動だにせず、こちらを見つめていた。ゆっくりと瞬きをして、口を開く。しかし、彼の口はパクパクと動くだけで、声は出ていなかった。その姿は、自宅にあるカエルのパペットそっくりだ。
大きな目、上下に開かれたままの口、ひょろひょろと長い手足。どこか間の抜けた出で立ちは、私の心を、いつも和ませてくれる。それが思い出されて、私は、つい笑ってしまった。
笑い声につられて、佐々木君の表情に笑顔が戻ってきた。
「…いいの?」
彼の声は、掠れていた。
私は、ゆっくり頷いた。ここまできたら、もう、覚悟を決めるしかない。
最初のコメントを投稿しよう!