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私は今、都心のメイド喫茶にいる。メイド喫茶といっても、メイドが歌って踊るような店ではない。英国貴族の邸宅を模したような店内で、クラシック音楽を聞きながら、ロングスカートのメイドが給仕してくれる紅茶をすするような店だ。つまり、紳士・淑女のための店である。  私は特別、メイド喫茶が好きなわけではない。しかし、この店のゆっくりと落ち着いた雰囲気が好きで、月に1回は通っている。いつも一人だが、今日は友人と一緒だ。  私の目の前に座る友人、佐々木君は、大学で最も良く話す同級生である。彼とは学部だけでなく、所属する同好会も同じだ。  私達が所属するのは、アイドル同好会という、3年上の先輩が立ち上げた会である。会の主な活動目的は、アイドルの応援だ。  応援と一口に言っても、その形、程度は個人により様々である。例えば、私のようにテレビで活躍しているメジャーなアイドルが好きな会員は、基本的に、個人での活動が多い。活動内容は主に、テレビやネットでの番組視聴、ライブやイベントへの参加などだ。活動が個人の裁量にゆだねられることが多いため、必然、その活動も緩やかになる傾向がある。  一方、地下アイドルのように、一般的に知名度の低いアイドルを応援する会員は、熱心に活動する者が多い。ネットで日々情報を収集するかたわら、ライブ会場に足しげく通い、ファンやアイドルとの交流を深めるなど、積極的である。佐々木君は、こちら側だ。  特に、佐々木君のアイドルにかける情熱は、同好会内でも群を抜いていた。彼は、普段は物静かで、周囲への配慮を欠かさないような人物だ。しかし、アイドルに対しては熱く、周りが見えなくなることもしばしばだった。  先日、彼はある地下アイドルグループの分析と展望について、5時間もファミレスで語り続けた。その場には私も含め3人の同好会会員がいたが、ファミレスを出た後、「あいつはアイドルに一生を捧げるに違いない」、と誰もが口ぐちに言い合った。  そんな佐々木君が、毎月1回開かれる同好会の会議で、私の気に入る店に行ってみたいと言ってきた。アイドルのこと以外、興味がない佐々木君には、とても珍しい。メイド喫茶なので好き嫌いが別れるかもしれないと、一応確認をしたが、とにかく行ってみたい、と言い張るのだ。あまり熱心に言うものだから、今日、一緒に行くことにした。
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