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 同時に、私は心の中で後ずさりをした。外見から伝わってくる意気込みに、気圧されたのだ。普段、オシャレから縁遠い男子学生が、身なりを整えてくる理由は、ほとんど一つしかない。ここに至る経緯からも、それは容易に想像が出来た。私は、この場から逃げ出したいという気持ちを、グッと抑えて席に着いた。  佐々木君がオシャレをしてきた理由、それは、私だろう。つまり、彼が私を女性として、見ているということだ。今日、この場で紅茶を飲んでいることは、ただの同好会会員の集まりではない。れっきとした、デートなのである。  しかし、疑問もあった。それは、なぜ、佐々木君が私を選んだのか、ということだ。あれほどアイドルに入れ込んでいた彼がなぜ、私とデートをしようと思ったのだろうか。一体、佐々木君に何が起こったのだろうか。  じっと考えている私とは対照的に、佐々木君は肩を小刻みに震わせていた。その振動で、テーブルが揺れるほどだ。  注文した紅茶が、運ばれてくる。ダージリンの良い香りだ。真っ白なヘッドドレスを頭にのせたメイドが、カップに紅茶を注いでくれる。その間も、テーブルはずっと揺れていた。彼女は慣れた様子で紅茶を注ぎ切り、ポットを静かにテーブルに置いた。実に優雅な動作である。一礼して去る彼女の後姿に、私は心の中で大きな拍手を送った。  「飲もうか」     
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