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 私は、カップに口をつけた。その直後、食器のぶつかる音が店内に響き渡った。目の前で、テーブルが揺れ、紅茶の入ったポットがグラグラと揺れている。驚いて顔を上げると、テーブルの後ろで、佐々木君が直立していた。  彼の顔は、真っ赤だった。その姿はまるで、道路の上に置かれたコーンのようだ。彼は唇を震わせながら、一生懸命、声を発しようとしていた。  何度目かの挑戦の後、彼はついに意を決したように、私を見た。  「山崎さん、好きです」  店中に、佐々木君の声が響き渡った。その声があまりにも大きかったため、店内にいた人々がみな、こちらを見た。驚きと、好奇心の混ざり合った視線が、私達に注がれている。  静かな空間に、オーケストラの曲が流れていた。誰でも一度は聞いたことがあるような、明るく軽やかな曲だ。BGMのため音量は落としてあるはずだが、やけに大きく聞こえる。その大音量の中を、佐々木君の言葉が、プカプカと浮かんでいた。  穴があったら入りたい、とはまさにこのことだ。私は逃げ出したい気持ちを何とか抑え、一旦、佐々木君を座らせた。彼は、興奮していた。     
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