27人が本棚に入れています
本棚に追加
ガラッと、美術室の扉が開いた。
「やっぱり、ここか」
後ろを振り向かなくても分かる。学だ。
「お前、式出なかっただろ?」
学が近づいてくる。いつも通りの振りをしてきたけれども、卒業式にはどうしても出られなかった。最後の抵抗だった。
「なあ、お前に渡したい物あるんだけど?」
零れた涙を学にバレないように手で拭い、椅子に座ったまま振り返った。すると、学の学ランの第二ボタンが取れていることに気づいた。旭は青ざめて、息を飲んだ。
「…っ、ボタン…あげたの…?」
「ん?…ああ、これな。お前にやろうと思って、取っといたんだよ。お前、欲しいとか言ってただろ?」
卒業証書の筒を左手に移し、学はズボンのポケットから金色に光るボタンを取り出した。そういえば、中学の卒業式の前に、冗談半分で言ったことがあったと思い出す。そんな前のことを覚えていてくれたことが嬉しかった。
けど、本当に欲しいモノはそんなものじゃない。
「旭。手、出せ」
でも、せめて、学の一部でももらえたら、サヨナラを言えるだろうか。
そっと出された手のひらに、第二ボタンを置かれる。開きたくなくて、ぎゅっと手を握りしめると、カチッと何か固い物がボタンに当たる音がした。
「…?」
そっと開く。そこには、思いもしなかった物があった。
「……これ…?」
「新しい家の鍵だよ」
ボタンの横には、銀色に光る小さな鍵があった。
「今は、一人暮らし用だから狭いけどさ。好きに遊びに来いよ。それと、来年は、もっと広い部屋にしようぜ?」
学の言っていることがすぐには理解出来ず、旭はただその鍵を見つめていた。すると、ぐいっと開けた学ランから覗くワイシャツの胸ぐらを掴まれた。学の唇が、旭の唇を軽く塞いだ。
「…離れて寂しいって思うのは、お前だけだって思うなよ?」
はじめての学からのキスに、旭は驚いて、目を見開いた。
「…っ、がっくん…」
ようやく相手の言わんとしていることが分かって、ガバッと学をきつく抱きしめた。
「…大好きっっ!」
旭は大粒の涙を零した。
これは、嬉し涙だ。
「……知ってるよ、バカ」
end
最初のコメントを投稿しよう!