朧月に、うたう

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 春は始まりの季節であると同時に、終わりの季節でもある。  夏でも秋でも冬でもない、春。  私達は未来で別々の道を歩む事を知りつつ、お互いに引き寄せられるように恋を始めた。  それからさよならをしたのも、春。  出会った時から別れのカウントダウンを始めていた私にとって、それは初めから離ればなれになる為の恋だった。  同じ大学に通う彼と知り合ったのは、入学間もない頃。学部は違うけれど(だって同じ棟で見かけたことは一度もなかったし)、あまり大きい大学ではなかったから、何度となくすれ違い、その顔を目にしていた。沢山の人に囲まれて笑っている彼は、いつ見ても目を引かれずにはいられない、そんな華やかなひとだった。  彼と知り合ったのは五月のよく晴れた日、レジャー施設での新入生歓迎オリエンテーション。  新入生・在校生ともに自由参加のその催しの最初の挨拶で、顔だけ知っていたあの彼が、実は教育学部の三年生だということを聞いて私は“なるほど明るいわけだ”と納得していた。    対する私が入学した音楽科というのはソリストの集まりでもあるから、専攻が違っていてもどこかライバル意識のようなものがあって友達づきあいをあまり好まない。  今日は新入生の義務だと言われ渋々参加したけれど、そんな私にもまだ親しい友人はいない。  他の学部の人たちが早くもグループを作り、楽しそうに乗り物に興じる中、私は一人サイクリングコースに向かっていた。  絶叫マシンの喧騒から少し離れたところには、鳥のさえずり。私はその声に導かれて係のおじさんに二十六インチの自転車を借り、のんびりとサイクリングを楽しむことにした。  けれど緩やかに見えたコースは意外にキツい起伏がいくつもある。私は二周目で早くも限界を感じ、コースを外れて木陰でひと休みすることにした。  嫌だな、完全に運動不足だ。  椎の木の幹に寄りかかって座り、瞼を閉じると風に木々がざわめく。  目を閉じていても眩しいから眉を顰め、一度閉じた瞼は日の光の眩しさを怖がってなかなか開けられない。    そのまま木陰で早くも初夏に近い風を感じていると、ふと瞼の日が翳り、誰かの気配と同時に肩にそっと手が触れた。  眩しさをこらえ、なんとか目をこじ開けると心配そうに私の顔を覗き込む、あの彼の姿。
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