朧月に、うたう

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 そんな事があってから、私は彼にお礼が言いたくて、毎日のように彼とすれ違うのを待ちわびた。けれどそういう時ほど会いたい人には会えなくて、少しだけ諦めていた頃。  レッスンの申し込み用紙を持って教授の部屋を訪ねた私は、そこでようやく彼との再会を果たした。彼が場違いな場所にいるようで一瞬ピンと来なかったけれど、そういえばこの教授は彼の学部でも教育音楽を教えていた筈だった。  目を見開き、私を見る彼が人懐こい笑顔で会釈する。つられた私も慌ててお辞儀をし、あの時の非礼を詫びた。 「あの、オリエンテーションの時はありがとうございました!ずっとお礼しようと思ってたんですけど………」 「いや、学部が違うんだからしょうがないよ。 あれからすぐに良くなった?ちゃんと帰れた?」 「はい」  やっぱり怒った顔より笑った顔の方が素敵。そう思ってしまったらもう、眩しくて顔が上げられない。    用事の済んだ私たちは一緒に教授の部屋を出た。  レポートを提出しに来たという彼の横顔を盗み見る。このよく通る声で将来、どんな科目を教えるのだろう。  “将来”。それは誰にも必ず訪れるもの。けれどまだ私の中にその明確なビジョンはない。  だって、先ほどの教授に言われたのだ。  恋を知らないあなたに、恋の歌はけして歌えない、と。
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