朧月に、うたう

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 彼が四年生になり、教育実習に行くという夏の初めに、ふたりは彼の部屋で結ばれた。  雨の音に混じる私の細くすすり泣くような声に彼の方が辛そうな顔をして、何度も頬を撫でられた。  この世に幸せな痛みがあることを知った私は、彼の腕の中で涙の跡を残して眠り、目覚めて“離れたくない”ともう一度泣いた。  まだ彼の卒業までは時間があるというのにそんな駄々をこねる私を、彼は強く抱きしめた。二人の道が交わらないことを、きっとどこかでお互いが知っていた。  それから予定通り教育実習に行った彼とはメールだけのやりとりになり、私も前期の試験勉強に打ち込んだ。  あの甘い痛みは消えて、私はようやく教授に恋の歌を聴いてもらえるようになっていた。けれど、恋の終わりを知らなければ私の“声”は完成しない。  彼のことは好きだけれど、もう少しだけ側にいて、それから彼の卒業までにさよならするのだ。酷い女だとは思うけれど、その時はそうする事が必要なんだと信じていた。    教育実習から戻った彼と、また同じ日常が戻ってきた。まだ別れは切り出さない。  心の中では少しずつ距離を置いていこうと思うのに、重ねる身体はいつも正直に離れたくないと言う。本当は、私の方が深く溺れていた。  そのうち彼の郷里での赴任先が決まり、私達はあまりその後の話をしなくなった。“  “離れても心はひとつ”なんてありきたりな言葉はけして言うまい。だって、もう別れはすぐそこに見えていたのだ。
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