朧月に、うたう

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 そんな私の態度でなんとなく“終わり”を察していたのかもしれない。  彼は卒業式のあと私をまだ蕾の桜の下に呼び出して、何も言わずに抱きしめた。  この日に向かって徐々に表情を失くしていた私は、その腕の中で声を殺して泣いていた。その涙にひとつも嘘はなかった。  自から望んだ別れは、思い描いていた通りに胸を締め付け、呼吸すら忘れさせた。  思い残すことはない筈だった。これで私はようやく恋の全てを歌にして、そうして私の声は完成するのだ。  その夜、翌朝彼が郷里に帰る時間になるまで、荷物の少なくなっていた彼の部屋で、言葉も殆ど交わさずに抱き合っていた。  泣きすぎた私の声はずっと掠れていたし、彼もそんな私を、まるで痛みを堪えるように見つめ続けた。    これから新しい生活が始まる彼に、再び会える約束はできないと泣く私を強くその腕に閉じ込め、離したくないと何度も繰り返し囁いた。  彼の熱を体に感じる度、苦しいのに、このまま溶け合ってしまいたいと心の中だけで永遠を願った。  それでもやがて朝は来る。重なる唇の繋がりを解いて腕の中からするりと抜け出し、私は彼に笑って見せた。  私に恋を教えてくれてありがとう。そう言うのがやっとだったけれど、もう彼は私を引き止めたりしなかった。
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