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「お邪魔してしまったようで、すみません」
険しい表情をしていたのだろうか、申し訳なさそうな声で秋良が謝罪してくる。
「いや、いいんだ」
脩は言葉とは裏腹に、内心では肩を落としていた。いつまでもここにいて、根掘り葉掘り聞かれてしまうのも困る。落ち着かない気持ちで、脩はブランコから腰を上げる。
「そろそろ、帰ろうと思っていたところだから」
本当ならばもう少しいたかったところだが仕方がない。秋良の脇を抜けると、飲みかけの缶コーヒーを一気に煽る。そのまま、自動販売機横にあるゴミ箱へと近づいていく。
「俺の物覚えが悪いからですか?」
少し低めの声音に驚いて、脩は振り返る。
街灯の下で立ち尽くす秋良は、綺麗な二重まぶたを伏せ、視線を地面に落としていた。
「い、いや。そうじゃないんだ……草刈の言う通り、田端は物覚えも良いし、僕もやりやすいよ」
朝の陽気な態度とは一変して、少し顔色も青ざめている。あれは彼なりの気遣いで、空元気だったのだろうか。
「ほら、おごってあげるから好きなの選びな」
脩は慌ててフォローするように、秋良を手招きする。
「そ、そんな……いいですよ」
「僕を先輩だと思ってくれるなら、遠慮しないでほしい」
一種のパワハラだなと脩は苦笑いを漏らし、小銭を投入していく。
秋良も渋々ながら近づくと、自販機のボタンを押した。
「すみません」
軽く頭を下げる秋良に、脩は取り出したお茶のペットボトルを手渡す。
「いいよ。気にしないで」
「ありがとうございます。いただきます」
キャップを外し唇を付ける秋良を横目に、これからどうするか脩は思考を巡らせる。
想像以上に面倒な事になってきてしまった。会社にもこの場所にも、自分の落ち着ける場所がなくなってしまったのだ。新しい場所でも探そうと、脩は小さく溜息を吐く。
「先輩……なにか悩みでもあるんですか?」
秋良の伺うような問いかけに、脩はいつの間にか落ちていた視線を上げる。
「田端には、関係ないことだから」
冷たく切り捨てるかのような声が辺りに響く。自分の口から滑り出たものだと分かり、ハッとした時には既に遅かった。
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