28人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
私は今、少し遠回りをして満開の桜並木を歩いている。
満開の桜並木を、彼と一緒に眺めている。
そして私は、
去り往くオトコに1つ、花の名前を教える。
毎年同じ場所で、同じ花を咲かせる花の名を、1つ教える。
彼は、
別れた瞬間に彼は、
私の事なんて忘れてしまうかも知れないけれど。
だけど―――
それは、私に最後に残された細やかな抵抗。
思い出は消えても
彼の記憶は、
今、私と、
この桜を眺めた事実は消えないから。
ここで毎年桜が咲く度、彼が私と見た事を思い出しますように。
ここでなくても桜を見る度に、私と見たことが頭をよぎりますように。
新しい彼女と見ても、私の事を思い出してしまいますように。
変えられない未来なのならば、せめて。
爪痕を、君に。
”さよならシュンくん”
私は誰にも聞こえない言葉を、心の中で呟いた。
その時びゅうと強い川風が吹いて、桜の花びらが散った。
見て。
こんなに胸が痛いのに
こんなに、綺麗。
誰にも言えない気持ちは、桜の花びらだけが知っている。
桜の花びらだけが知っている。
そのいたいけなピンク色に、人間の気持ちを乗せて。
最初のコメントを投稿しよう!