8人が本棚に入れています
本棚に追加
「 お待たせしました 遅くなってすみません 」
私は後部座席に乗り込んでそう言った。
「 いえ それでは参りましょうか 」
運転席の車田が渋い声でそう返すと車を発進させた。黒のスーツに身を包んだこのミスターおっさんは我が鳥迫家に長年支える運転手の車田さんだ。私にとっては昔からの運転手さんなのだが 今では祖父の個人秘書でもある。
「 おじいちゃんの具合 悪いんですか 」
私たちが向かっているのは、私の祖父鳥迫秀一が入院中の都内の大病院である。
「 まあ良くも悪くもと言った感じでしょう なにぶんお年がお年ですから 」
車田は淡々と応答する。
祖父秀一は100歳越えのご長寿さんである、医療の進歩が著しい昨今ではそれほど珍しくもないのだろうが 子供の頃からずっとおじいちゃんだった私から見ればやはり化け物じみている。
私の祖父鳥迫秀一はこの国の大企業の一つトリオイ製薬の創業者であり現会長である。戦後、復興期の日本で裸一貫のし上がって来た昭和の傑物の1人なのだ。
そんな祖父も昨年体調を崩し入院生活を余儀なくされた、やはり歳には勝てないのだろうか。
「 お屋敷の方には戻られないのですか 」
「 …… 」
車田の突然の言葉に思わず押し黙ってしまった。
2年近く前、高校卒業と同時に私は家を出た。別にやりたい事があったわけではない、ただなんとなく、なんとなく反抗してみたかっただけなのかもしれない。もちろん祖父には反対された、ちゃんと大学に行き、ゆくゆくはトリオイを継いで欲しいと、そんな祖父に私は背を向けたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!