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「 わしは焼かれた長崎の地からどのようにして生き延びたのかの記憶は定かではない 意識がはっきりしたのは終戦後暫く経ってからのことじゃった どうにかして嘗ての軍関係の人間に連絡を取ると わしは特級戦犯として追われていると聞く 捕まれば死刑は免れないだろうと 意味がわからなかった 死ぬ意味が無くなったのに死ななければならぬ意味がわからない だから逃げることにしたんじゃ 酉狩の遠い分家筋に鳥追という家があってのう 酉狩は古くから薬の製薬を為す家系であったが鳥追は薬の行商を行う家系であった 江戸時代には実は隠密活動をしていて幕府と朝廷の二重スパイだったなどという怪しげな噂も耳にしたことがある家じゃ わしが訪ねた時 そこには娘が1人いた 名を鳥追月奈と言った 他に誰も居ないのかと問うと終戦後 誰も帰ってこぬと言うんじゃ わしは事情を説明して匿って欲しいと頼んだ 月奈はいいと頷いた 暫くは鳥追の家にいたがやはり月奈を見知った周りの目がある 人混みに紛れた方がいいように思いその事を月奈に告げた すると月奈も一緒に行くと言う 誰も帰らぬのならここに居ても仕方ないと そうしてわしらは鳥追の家を後にした 戸籍は月奈の帰ってこぬ従兄弟である鳥追秀一のものを使う事にした 目指すは復興に沸き立つ地 東京であった わしは持ち前の薬学を活かし薬の作り売りを月奈と2人で始めた 何でもありの世の中だ するとこれが当たってのう トリオイ薬品を名乗り事業を手広く拡大していった 鳥追姓であまり目立つのは避けたかったので鳥迫と改名したんじゃ 役所で戸籍の方が間違っていると言い張ると意外にすんなり通ったものだ それからはただがむしゃらに働いた 気がつけばいつしか月奈は美しい女に成っていた わしは月奈を娶りトリオイ製薬を起業した あとは月夜もだいたい知っておるじゃろう 」
私は祖父のこの話をどう捉えればよいのだろう、私の知る祖父は嘘や冗談を言う人ではない。
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