日常を乱すもの。

2/19
前へ
/78ページ
次へ
 それに、この個体については、まだ他にも謎がある。実は、さっきの「ハルー!」と言うのは、こいつの鳴き声ではないのだ。そう、『ハル』は俺の名前、幸晴の『ハル』。――つまり、こいつは人間の言葉が話せるのだ。ごく当たり前に、流暢に。知能で言ったら五歳児くらいといったところだろうか。 「ただいま」  こっちの困惑なんて気にしない顔で、ジェンツーはすたすたと俺の前を通り過ぎる。 「いやいやいや……『ただいま』じゃないよ。『こんばんは』だろ? ここは俺の家だぞ――って、なんだよその『岩のり』みたいな姿は」  我が物顔で家に上がろうとするジェンツーを呼び止め、その異様な身なりについて 尋ねた。体全体がぬらぬらと粘度を帯びていて、明らかにいつもと違う。地面についた足跡にも、モズクのようなものが混じっている。俺の言葉に、意外にもジェンツーは目を輝かせた。 「えっ? 本当に? 『イワトビ』みたい? 僕かっこいい?」  髪を撫でつけるジェスチャーをすると、キリリと眉間にしわを寄せた。ジェンツーはペンギンでありながら、実に表情豊かだ。黒目だけのつぶらな瞳は、雄弁に感情を物語る。そして、今のこの表情は、完全にかっこつけている時のものだ。 「あのさ、盛大に勘違いしてるとこ悪いんだけど、『イワトビ』じゃなくて『岩のり』な」 「なんだー。イワトビみたいなのかと思ったのに……」     
/78ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加