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「背中、流すよ」
「あぁ」
決して初めてではない2人での空間なのに、ぎこちなかった俺と父さんの空気をやわらげてくれたのは、包むように漂う温かい湯気だった。
「仕事はどうだ?」
「あぁ、まだまだだけど、少しずつ前に進めていると思う」
「そうか、頑張れよ」
俺は今、自動車メーカーで働いていた。
人の役に立つ車づくりに携わりたいと思ったからだ。
「友介は小さい頃から本当に好きだったな、車」
あの頃とは違って2人で入ると狭くも感じられる湯船で、温かさと俺の言葉にほっとした表情でそう言う父さんの横顔を見て、思い出す。
湯船の縁を使って、あの赤と緑の車で父さんと「レース」をして遊んだことを。
ゆっくり湯船に浸かっていられない俺に、お風呂は楽しいものだと教えてくれるように父さんはあの車のおもちゃを買ってきてくれて。
そして『レースをしよう』と、俺と遊んでくれていた。
その内俺の方が夢中になってしまって、風呂の時間が長くなり、母さんが呼びに来ることもしばしばだった。
「父さんのおかげだよ」
「ん?」
「車を好きになったのも、車に携わる仕事を目指して、今頑張れるのも・・・・・・ありがとう」
『そうか?』と言った父さんの顔が赤いのは、風呂の温もりのせいだけではないと俺は気づいていた。
仕事が忙しかった父さんと風呂で遊べたあの大切な時間は、確かに今の俺に息づいていた。
母さんが季節に合わせて沸かしてくれる心地よい温度の風呂が、これまでの思い出も、これからの出来事も温もりを持って俺の人生に寄り添ってくれると思わせてくれたのだった。
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