雪紛う花舞いの頃に

さいごの約束

「桜は散り際が一番綺麗なんだよ。」

　そう言って彼女は、満開の桜の木の下で笑った。
　いつもはお気に入りのお団子頭に結んでいるのに、強風の今日に限って結わえていない髪はばたばたと舞って忙しない。口の中に侵入を試みる髪を鬱陶しげに耳にかける彼女が一体どんな事を思っていたかなんて分からなかったが、生まれてからこれまでパーマも染色もしたことのない、カラスの濡れ羽のように艶やかな黒の長髪が、振り向き様の突風に煽られて靡く様を眺めながら「どうして」と問うた。

「満開の方が綺麗じゃん。」

　今がまさにその時だ、と。
　薄く淡く、色を知らない生娘がはにかむ頬の桃色に染まった桜は青空の下で堂々と咲き誇り、枝を拡げて自らの価値を強調している。

「限界を知ったから、綺麗なの。」
「限界？」
「そう、限界。桜に限った話じゃないけどね。」

　もう少し時間が経てば、この桜も風に耐えるだけの力を無くして枝から離れていくのだろう。それこそ、彼女の言うところの散り際が見られるというわけだ。そして風に乗って運ばれた花弁は親元から遠くない場所に呆気なく落ち、最終的には人に踏まれてくすんだ茶色を滲ませてしまうに違いない。