プロローグ

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 完璧な状況だった。  放課後、教師たちの目の届かない校舎の屋上。  頭脳明晰でスポーツ万能の生徒会長が出入口を塞ぐように仁王立ちする。その周りで囃し立てる何十人という生徒たちはこれから起こる出来事の証人でもある。  生徒会長と彼を応援する何十人もの生徒たちと向き合うのはたった一人。金髪に派手なピアス、制服をだらしなく着崩して、手にはナイフを持って構えている。  でも多勢に無勢。背中がフェンスにくっついている。フェンスの向こうはもう空の一部。フェンスを乗り越えて飛び降りれば死ぬしかない。  群衆に立ち向かえば無残に叩きのめされて社会的に死ぬ。まだ入学したばかりだというのに、卒業までの残り三年間、スクールカーストの最底辺でもがき苦しむだけの日々が待っている。いや、きっと彼のことだから耐えきれず、中途退学してしまうだろう。  かといって、ヘタレな彼にフェンスを乗り越える度胸はない。  ヒーロー誕生の完璧な状況。  ただ、残念なことに、おれは生徒会長ではなく、リングのコーナーに追い込まれた不良生徒の方だった。  じりじりと歩み寄る自信満々な表情の生徒会長。おれはきっと猫に見つけられたウサギみたいに怯えているだろう。実際そのとおりだった。  「若王子先輩、遠慮なく叩きのめしてやってください」  「クズ野郎、思い知れ!」  「倒れたところを、みんなでやっちまおうぜ」  校舎の屋上はこのときリングというより処刑場という呼び方の方がふさわしく思えた。  そのときゴングが鳴った。実際音が鳴ったわけではないが、ここにいる全員がそれを感じた。  風のようにおれの正面にまっすぐに走り込む生徒会長。囃し立てる群衆の声と興奮のボルテージがマックスになる。  今のおれの実力では到底勝ち目はない。おれはナイフを捨てた。正直怖いが目は閉じない。これからぼろ雑巾のように叩きのめされて、同時にスクールカーストの底辺に突き落とされるのは間違いない。  おれは逃げない。絶望のどん底から絶対にはい上がってみせる。世界を変えるとはたとえばそういうことだ!  その瞬間、脱力したおれの右手をつかんだのは生徒会長ではなかった。その日、ヒーローになれたのは生徒会長ではなく、間違いなくそいつだった。少なくともおれにとっては――
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