第三章 暴力の連鎖

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 母に聞いたことがある。母は結婚する前は実父(つまり私の祖父)からも暴力を受けていた。  祖父はいわゆるアルコール依存症で、酒を我慢できなかったし、酒を飲めば暴力を我慢できなかった。父は私に対しては決して手を上げなかったが、祖父は祖母にも母にも容赦なく暴力を振るった。幼いときから十年以上理不尽な暴力を受け続けて母は無力感を強くした。一方で母は暴力を受け入れれば必ず祖父がわれに返り、悔い改めることも知っていた。  母は祖父の暴力を受け入れることで祖父を正しい道に導こうと考えたのだろう。もっと言えば、祖父の暴力を積極的に肯定していた。  無力な母には耐えることしかできない。耐えることで祖父が目を覚ますならそれは正しい行動だ。祖父が酒と暴力に酔っていたように、母は暴力に耐える自分に酔っていた。暴力を受けることを毛嫌いしながらも、深層心理ではそうなることを強く望んでいた。  祖父は酒の飲みすぎで肝臓を壊してとっくに亡くなっている。結局祖父は救われなかった。祖父が亡くなってすぐ祖母もあとを追うように亡くなった。  祖父母が亡くなって自由を手に入れた母は、祖父とよく似た男と結婚した。母には自由など無意味だった。  無力な自分には耐えることしかできないと母は思い込んでいた。自分に耐える機会を与えてくれる男が必要だった。一方、父には自分の暴力を耐えてくれる女が必要だった。ある意味、似たもの夫婦だった。  私はこんな母が嫌いだった。暴力の連鎖は私の代で絶対に終わりにする。私は固くそう誓った。
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