第四章 ズル休み日和

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 「おい! ケンカってのは死ぬ気でやるもんだ。ぼうっとしてたらほんとに死ぬぜ!」  その通りだ。おれはすでに半殺しにされたみたいに顔を腫らして、目の前では火花がぐるぐる回っている。  「今日はやめだ。ただの稽古で人を殺したくはないからな」  いつも通りの早朝稽古。いつも通りの菫の猛烈な打撃。ただおれだけがいつも通りではなかった。いつもなら受けられる菫の攻撃にまったく対応できず、おれはただのサンドバッグと化して立ち尽くした。  川岸に並んで座り、消毒薬や包帯で簡単に手当てを受けた。  「なんかあったのか」  昨日、早川笙子にキスされた。それも一秒二秒じゃなく何十秒も。あれだけさんざんおれを汚物を見るように毛嫌いしてたくせに。モテないおれをからかったわけでもなさそうだ。笙子はバカ正直に正義感が強く、そこを買われてクラス委員長に選ばれたやつだ。そんなことできるわけない。つまり、訳がわからない。  「おまえと仲いい早川に暴力をやめろと言われたんだ」  「そんなの前からじゃん」  「いや、誰かを傷つけるくらいなら私を傷つけなさいって言い張るんだ」  「笙子らしいじゃん。不良のあんたを更生させたいんだよ。自分が犠牲になってでも」  「なんでそこまでしておれを更生させたいんだ?」  「笙子は生真面目だからな。同じクラスに教師でさえ手をつけられないクソヤンキーがいることをクラス委員長として許せないんだろ」  菫の説明ではまったく納得いかなかった。菫自身もそう思ってなさそうな軽そうな口振り。  「それでおまえ、笙子を傷つけたのか」  傷つけられたのはおれだ。不良のくせにキスもしたことない非モテだとバレてしまった。笙子がそれを周囲に言い触らしたら、不良として生きる上で若王子にケンカして負けるのと同等のダメージを負いそうだ。おれを傷つけないと言ってたから大丈夫だとは思うが。  不良になる前おれは地味な底辺だった。不良になって派手な底辺に変化しただけだ。不良なのにキスしたこともない。バイクに乗ったこともタバコを吸ったこともない。  おれはどこにいても結局おれでしかなかった。引っ込み思案で無力で不完全でニセモノな存在――
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