第四章 ズル休み日和

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 たぶん菫はおれの気持ちに気づいてたんだと思う。その日からやたらとおれと笙子をくっつけようとするようになった。おれは別に片想いでよかったのに。おれと菫が釣り合ってないことくらい言われなくても分かってる。そんなにおれの気持ちが重いのか? おれは片想いさえ許されないのか?  おれが菫を殴った日から一週間が経っていた。五月に入り気温も上がり、朝稽古のあとは汗だくになった。シャワーも浴びず制服に着替えて登校しなければならない。けっこうつらい。  おれは男だから河川敷の隅の方でちゃちゃっと着替えるが、菫はそうもいかないから藤川駅の障害者用トイレで着替える。だから駅までは戦闘服のゴスロリの黒いドレスのまま。まあ、菫は汗一つかいてないから急いで着替える必要は何もないのだけれど。  制服を着た金髪ピアスの男子高校生とゴスロリの美女の組み合わせ。不自然に見えるのか、それとも菫の美しさのせいか、ときどき道行く人が振り返る。正直悪い気はしない。  「おい童貞、童貞捨てる決心はついたか」  最近、二人になると菫はおれを名前でなく〈童貞〉と呼ぶ。菫に馬鹿にされるのは慣れてるが、あんたとあたしの間には越えられない壁があるんだよと言われてるようで悲しくなった。好きで童貞でいるわけではないが、童貞でないことがそんなに偉いのか。菫が未経験じゃないことが悲しいんじゃない。未経験なことを馬鹿にする菫の価値観が悲しかった。  「おまえ、笙子が好きなのか」  「いいやつだと思うけど、おれがつきあいたいのはあいつじゃない」  「じゃあ、誰とつきあいたいんだよ?」  おまえだよ! そう叫びたいが、この話の流れなら〈童貞のくせに〉と鼻で笑われそうだ。  「おれは好きになった相手とそういう仲になりたいんだ」  「不良のくせに。不良なんだから女くらい適当に食い散らかせばいいだろ」  「おれは誰かを傷つけたくて不良になったんじゃねえ! だから委員長の好意を利用して委員長を踏みにじるような真似はしたくねえんだ! もうこの話は終わりだ! おまえが何言ったっておれは委員長とは何もない!」
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