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一刻で、魚籠は鮎で溢れそうになった。
それも新しい釣法のお陰だと、桐山大炊介は、内心でほくそ笑んだ。
先日、近郷の百姓に〔鮎の友釣り〕というものを教えてもらったのである。
この釣法は、鮎の縄張りに囮とする鮎を侵入させ、追い払おうと体当たりしてきた所を鈎で引っ掛けるというもの。喧嘩魚と呼ばれる鮎の習性を逆手に取ったのだ。
(これを思い付いた奴は、大した策士よの)
釣りを始めたのは、十歳の時。それから四十七年、ずっと毛鉤を用いる〔ドブ釣り〕でやって来た。釣りは好きだが、巧いとは我ながら言い難い。坊主の日も珍しくないほどだ。勿論、家の者もその腕前を知っていて、釣果に期待しない。むしろ、釣って帰ると驚くどころか、どこかで購ったのかと疑う始末である。
その自分が、この釣果。人生も黄昏を迎えようかとする時に、このような釣法に出会うのも、人の世の皮肉というものであろう。
山内藩の南を流れる、渓流である。秋の暖かい陽気だが、大炊介以外に太公望の姿は無い。
(さて、もうひと働きするかの)
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