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「食べられないんだから貰わなきゃいいのに」
「お前は一度もくれなかったよな」
「だって食べないじゃない」
「食ったよ」
「え?」
「お前のなら、食ったよ」
急に真顔で圭に見つめられて、私は彼から目を離せなくなった。
どういう……意味……?
「なん――」
ジリリリリリ……。
突然、非常ベルのような音がして、圭がポケットからスマホを取り出した。ボタンを押して、音を消す。着信相手の表示を見て、圭が私を見た。
ああ……。
私は圭から目を逸らした。
「彼女? 出たら?」
圭は女をきらしたことがない。だから、圭に誘われる度に私は言った。
『二号にはならない』
「もしもし」と、圭が電話に出た。
「何?」
圭は店を出る素振りもなく、グラスを片手に話し始めた。
「いや、無理。……うん、無理」
こいつ、彼女に随分そっけないな……。
「てか、もう会わないから」
は――?
「いや、別れるって言ってんの」
ここで別れ話?
「好きな女がいるから」
思わず圭を見ると、彼も私を見ていた。
「本気で好きな女がいるから、お前とはもう会わない」
そう言うと、圭はスマホの電源を切った。
「これで二号じゃない」
「は……っ?」
「お前だけだ」
「なに言って――」
真っ直ぐに私を見る圭の唇が微かに動いた。上の前歯で下唇を噛む。
この癖……。
圭は子供の頃から緊張すると下唇を噛む癖があった。自信家で意地っ張りで、家族の前でも弱さを見せない圭の、サイン。きっと、私しか知らない。
どうして――。
「伊織ちゃん、何飲んでるの?」
呼ばれて、私はやっと圭から目を逸らせた。
「こっち、おいでぇー」
若葉さんに呼ばれて、私はグラスを持って立ち上がった。
「伊織ちゃん、顔真っ赤だよ?」
「これ……ちょっときつくて……」
顔だけじゃない。体温が五度は上がったと思う。
『お前だけだ――』
耳鳴りのように、圭の声がこびりついて離れない。
グラスを持つ手が震えて、私は落とさないようにギュッと握りしめた。
圭は私の心をかき乱す。だから、会いたくなかった。
最悪だ――。
よりによって、こんな状況に――。
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