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疲れた……。
エレベーターのボタンを押して、私はため息をついた。
パソコンや分厚いファイルが相手なら一日十二時間でも平気なのに、人間相手だと九時間が十九時間に思えるほど時間が長く感じられ、苦痛だった。
ポーンとベルが鳴り、エレベーターが開く。私は無人の箱に乗り、一階のボタンを押した。
「乗ります!」
声が聞こえて、私は〈閉〉ボタンに触れた人差し指を〈開〉にスライドさせた。
げ――――。
乗ってきたのは、圭。
「すみま――。あ、お前も今帰り?」
私は圭とは目を合わせずに〈閉〉ボタンを押した。
「お疲れ様です」
「お疲れ……って、何でそんな他人行儀?」
「他人ですから」
私は無表情でエレベーターの扉を見つめていた。
「飯、行かね?」
「行きません」
「じゃ、セックスしない?」
こいつ――!
「――しません!」
エレベーターが一階に着き、扉が開くと同時に、私は飛び出した。
『セックスしようか』
圭はいつもストレートに誘う。
いつも……そうだった。
私は真っ直ぐ家には帰らず、最寄り駅の二駅先で降りた。駅前のファーストフード店に入り、一番奥のテーブルに座った。壁に背を向けて。
スマホを店内のWi-Fiに接続して、メッセージの入力画面を開いた。
しばらく考えて、私はスマホをテーブルに置き、ハンバーガーの包みを開いた。
なんて報告するのよ……。
ハンバーガーを頬張る。
よりによって……こんな時に再会するなんて――。
テーブルの上のスマホが震えだし、私はハンバーガーをトレイに置いて、スマホを手に取った。
着信の相手は蓮兄。
「もしもし」
『伊織? 今、どこにいる? 家か?』
「ううん。一人でハンバーガー食べてた」と言って、コーヒーを啜る。
『芹沢のことだけど……』
「ああ。うん」
『知り合いか?』
蓮兄の背後は静かだけれど、微かにエンジン音が聞こえた。私が退社する時、蓮兄は打ち合わせに出ていた。今は会社に戻るタクシーの中なのだろう。
「うん。だけど、大丈夫。私がT&Nに就職したことは知らないから」
『咲には言ったのか?』
「ううん」と言いながら、私はポテトを口に入れた。
『やりにくくなるようなら――』
「必要があれば報告するし、対処も考える。けど、今は問題ないから」
『……そうか』
「大丈夫。心配しないで?」
『わかった』
私はスマホをテーブルに置き、残りのハンバーガーを食べた。
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