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「明日から泊まりに来いよ」
偶然を装って乗ったエレベーターの中で、ようやく伊織と二人きりになれた。その俺の誘いに、伊織は即答した。
「予定あるの」
「何の予定だよ」
金曜の夜に予定とか……入れるか? 普通。
日曜の夕方に伊織と別れてから四日間、俺は伊織に触れていなかった。
「社長に食事に誘われてるの」
「は?」
社長?
「二人で?」
「うん」
「なんで?」
「社長に声をかけてもらって転職したから、気にかけてもらってるみたい」
伊織が社長にスカウトされてSIINAに来たことを、初めて知った。
先週の伊織と社長の会話が思い出される。
「親しいんだ?」
「色々、お世話にはなってる」と、伊織は穏やかな表情で言った。
それが、やけに気に障った。
「ふぅん……」
やべ……。
今の言い方、嫉妬してるのバレバレだ。
「ハンバーグとグラタン、どっちがいい?」
「……?」
「土曜日、作りに行く」
「ハンバーググラタン」
我ながら単純だと思った。
伊織は横目で俺を見て、クスッと笑った。
「了解」
エレベーターが一階ロビーに到着し、伊織が降りた。奥に寄りかかったまま動こうとしない俺に振り返る。
「降りないの?」
「用は済んだから、仕事に戻るよ」
「そ」
伊織は少し呆れたように、かなり嬉しそうに笑った。
反則だろ、あんな笑顔……。
エレベーターに俺一人で助かった。こんなだらしない顔、恥ずかしすぎる。
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