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「さすがに、説明してもらえるんだろうな」
数秒、私の頭から圭の存在が消えていた。目を開けると、鼻が触れそうなほど近くに圭の顔があった。
「これは?」
私がたじろいた隙に、圭は私の手からUSBメモリを抜き取っていた。それを、顔の横で振って見せる。
「今のは? お前は何をした?」
だんまり……ってわけにはいかないか――。
私は大きく息を吸って、姿勢を整えた。
「話す前に確認させて。圭がSHIINAの敵ではないのは確か?」
「……信じられないか?」
「信じたいわ。けど、立ち位置によってその人の正義は変化するから」
「確かにな」と言って、圭はUSBメモリを差し出した。
それを受け取ろうと伸ばした私の手を、圭が握りしめる。
「俺はSHIINA内の不正を暴くように指示されている」
圭が私同様、誰かの指示で動いているだろうとは思っていた。私と違って、圭自身にSHIINAへの思い入れはない。
「だが、これには条件がある」
「条件?」
私の手を握る圭の手に、力がこもる。
「惚れた女が邪魔になる場合、手を引く」
「は……?」
惚れた……女――?
「この仕事がその女より大切だなんて思えないからな」と言って、圭はニッと笑う。
「誰とは言わねーよ?」
自然と、顔が綻ぶ。嬉しかった。
場所が違えば、私から押し倒したいくらい。
「奇遇ね……。私も上司に似たようなことを言ったわ」
「え……?」
「相手が誰とは言わないけど?」
圭がゆっくりと目を細め、笑った。嬉しそうに。
圭が私の手をグイッと引き寄せた。私は椅子から立ち上がり、彼の胸に身体を預ける。私たちは互いの腰に腕を回し、しっかりと抱き合った。
「伊織……」
圭の息を耳に感じて顔を少し上げると、唇が重なった。触れるだけの優しいキスは、なぜかとても神聖なものに思えた。
本当はもっとキスを楽しんでいたかったけれど、PCの音が止んだことに気がついた私は、パッと圭の腕からすり抜けた。
USBメモリを挿したままのPCが再起動を始めていた。
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