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圭は悪びれもせず、私をじっと見た。彼の手が伸びてきて、私は思わず目を閉じてうつむいた。
「唇、噛み痕ついてる」
圭の指が私の唇に触れ、次にグイッと顎を引き上げられた。
「――――!」
抵抗する間もなく、圭の唇が私の唇に触れた。
慌てて圭の身体を引き離そうと力いっぱい彼を押してみても、びくともしない。
彼の唇が開くのを感じて、私は唇をきつく閉じた。圭の舌が私の唇をくすぐる。
これ以上は……ダメ――!
もう一度腕に力を込めて圭を押し退けようとした時、彼の手が脇腹に触れた。
「ひゃっ――」
くすぐったさに声を上げた瞬間を逃さず、圭の舌が私の舌を絡めとる。
「んん――!」
こうなってはもう、逆らえないことはわかっていた。
頭ではダメだとわかっているのに、身体が言うことを聞かない。
私は彼のキスに応え、自ら舌を絡ませていた。くちゅくちゅと淫靡な音が資料室に響く。
圭の腕に抱き締められ、さらに深く舌を絡めた時、私の眼鏡がずれて落ちた。
私は我に返って、やっと自由になった唇を手の甲で拭った。
私……なにして――。
圭は何もなかったように私の眼鏡を拾い、レンズ越しに私を見た。
「なんで伊達眼鏡?」
私は圭の手から眼鏡を奪い取ると、使っていたPCをシャットアウトした。
「やっぱ俺ら相性いいよな」
『俺たち、相性良くね?』
初めてシた後、圭はそう言って笑った。
「もうっ――、からかうのやめて」
「からかってない」
PCのディスプレイが暗くなるのを見届けた私が資料室を出ようとした時、圭がドアの前に立ちふさがった。
「どけて」
「気持ち良くなかった?」
恥ずかしさで圭を直視できない。
「だから! そうやってからかうの――」
「からかってねーよ!」
私はハッとして、思わず圭を見上げた。圭が声を荒げるのを聞いたのは、二度目だった。こんなに真剣な表情の圭を見るのも、二度目。
「なんで……お前はいつも俺がふざけてると思うんだよ」
「あ……んな風に誘われたら……からかわれてると思うじゃない……。誰にでも……言ってるんだろうって……」
「言ってない」
「え……?」
「俺が誘うのはお前だけだ」
え――――?
圭の背後で靴音が聞こえ、ドアの向こうで止まった。鍵穴に鍵が差し込まれる。ドアが開く前に、圭はデスクに戻った。
「お昼だよ」
秋山さんだった。
「あ、経理の新人くんも一緒だったの? お昼だから休憩入って」
「はい」と、圭はディスプレイから顔を上げずに返事をした。
「古賀さん、野々村さんと西岡さんとパスタ食べに行かない? 席、取ってあるから」
「ありがとうございます」
私は圭の顔を見ずに、資料室を出た。
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