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僕は器用な人間ではない。だから、こういうときの言葉は、事前にどうしてもガチガチに考えてしまう。高校生の時は突然告白してしまったけど、あれは、僕にとっては人生のイレギュラーだ。こういう時にアドリブで上手く言える人は凄いなとおもう。
でも、不器用な自分自身の人生に一度の言葉なのだ。アドリブなんて要らない。
僕は鏡の前で何度も練習した言葉を彼女に伝えるために唇を開いた。「あのさ」と切り出す。
「かけがえのないこれからの時間を」
僕は、緊張のあまり、言葉に詰まる。横山優理子の目が、僕を上目遣いに覗き込む。その目は「がんばって」という、応援のメッセージを送っていた。
「君と過ごしていきたいんだ」
デッキに夜の海からの潮風が吹き付ける。
彼女は寒そうに見えたが、僕の方を見つめてくれて、身震い一つせずにじっと僕の言葉を待ってくれている。僕も、彼女のその目を、もう照れる事なく、ジッと見つめる。
「苦労もかけるかもしれないけれど」
心臓が高鳴る。心拍が、鼓動が、僕の声道をも震えさせた。自分自身で、少し自分の声が震えているのを感じる。それを必死で抑えながら、僕は最後の言葉を紡いだ。
「結婚してほしい」
僕が小さなケースを彼女に向けて開いてみせると、彼女はその中身を見て、そして、もう一度、僕の方を見た。きっと、彼女も予想はしていたのだろう。
それでも、彼女の瞳は潤んでいた。
僕は彼女の言葉を待った。
彼女の柔らかい唇が開いて、答えが紡がれるまでに、長い時間はかからなかった。
それでも、僕にとって、きっと、横山優理子にとっても、その数秒は永遠の価値を持っているのだ。
「こんな私でいいですか?」
彼女は答えを口にする。
「……もし、こんな私でいいのなら、喜んで。ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
彼女は瞳を閉じて、深々と頭を下げた。
僕もつい
「こちらこそ」
と頭を下げた。
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