煉獄篇

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 肉を飲み込んだところで一気に疲労と満腹を感じる。ここでやめたら快適な食事になるだろう。だが止まることは許されない。残ったもやしと麺を掴み、口に突っ込む。汗が目に入る。ガシッ、ファム、ガム、ワシ、ゴムン。げっぷ。ついさっきまでの祝福は突如炎に包まれた煉獄の山へと変わる。だが、同時に快感も感じる。これは食事であると同時に自傷行為なのだ。大量の油で体を傷つけることにより高揚する精神。お遊びの死に近づくことで逆説的に生を感じるシステム。どんぶり大の神話。はるか太古から繰り返された神と人間が繰り広げた戦い物語を僕らはぎゅっと濃縮された醤油と絡みつく麺から再体験する。  ここに神はいない。あるのはラーメンと、僕だけだ。進まない研究も、辛い人間生活も、何年付き合ってもかわいい彼女も、全てを捨てて僕は食べている。非生命であるが限りない欲望を詰め込んだ食物。五感をほとんど失い、ひたすら口に詰め込む機械と化した、非生命に限りなく近い僕。一つだ。恐れる必要はない。 はっ、はっ、フゥーっ、ガシッ、ファム、ガムガム、ワシ、ゴムン。ガシッ、ファム、ガムガム、ワシ、ゴムン。ガシッ、ファム、ガム、ワシ、ゴムン。  残った具をレンゲと箸を使ってかき集める。もやし、麺の端っこ、背脂、そしてスープ。最後の一口。口に入れた瞬間、わずかな間に世界がまるごと押し寄せる。僕の周りに世界が戻り、わずかな間、すべてが収まるべき位置に収まっているのを僕は感じる。恋人も、友も、あらゆる生命、あらゆる命なき物質から全ての調和が保たれていることを口の中に広がる香りの粒子から知ることができる。味はあまり感じない。油と汁にまみれてしなしなしたもやしの感触から僕は輝きを感じる。飲み込む瞬間、自然と目を閉じる。ごちそうさま、自然と頭の中に再生されるリリック。
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