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 相川は放り出されたメモ帳とペンを身を屈めて拾い、あとに続いた。階段についたとき、その薄っぺらい体は少し見返って相川の存在を確認し、また先へ進んだ。  背後につくと、適度な距離を保つように体が逃れる。  ふすっと気の抜けた笑いが鼻から抜けた。  目敏い能面の男は目線だけで相川を伺う。伺って興味のない風に再び歩を進める。階段を行く足の動きに合わせて、痩せぎすで肉感はないが、小さく形の良い尻から細すぎるウエストの括れが滑らかに動いていた。  素通りした2階から独特のニオイがした。踏み潰された青い草のニオイ。  「商売は繁盛してるみたいだな」  相川が独り言ちると、レックは一度、先ほどまで撮影に使われていた2階に戻り、喚起のスイッチを入れた。  高い天井の上部に細やかに取り付けられた窓が開き、ふぉん。と、羽の旋回する、滑らかで軽い音が頭上の高いあたりから聞こえた。相川の隣をするりと痩身が抜ける。擦れ違いざま左肘に触れる。ひくとレックの体が戦いた。  「獲って喰ったりしやしないから、そんなに強張るんじゃないよ」  インテリになり切れないインテリの声。  偽った臭いが鼻につく。  その度にレックの腹の中で何かが蠢く。判然としない、漠然としたものが。  「アヤナが消えた」  背後からの本題は唐突だった。  アヤナは風俗嬢だ。  相川が若頭を務める『雲雀会』が囲っている店の。  「客にトばれてもいない。懇意にしてた男もいない。ナンバーワンがナンバーワンのまま消えた」  その話をしに来たのかと、レックは合点がいく。  いくら生来時間にルーズな相川といえ、一時間以上時間を間違うなど有り得ない。  前倒しならいっそう有り得ない。  20時までの空白。  『撮影』の前に別の仕事の雑談を聞かされるのは常だ。
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