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 存在のないレックは定まった形がない分、何者にもなれる。そして、その素質を存分に活用する。  相川が黒になれと言えば黒になるし、白になれと言うなら白になる。本質がない分、上部は如何様にでも変質し、その場でしか得られない情報を可能なだけ仕入れることができた。  3階の陽の当たる応接空間に相川は不似合いだった。  黒い革張りのソファに、重厚なローテーブル。調度品は特に不仲を示していない。  昼の光というものが相川には似合わないのだ。それはいずれ消えゆく斜陽にしても同じで、レックはソファに座り、先刻までそこにいた俳優の書類を整理した。  ビデオカメラに画像が録画されていることを確認して、すべての書類をシュレッダにかける。連絡先の一切合切。本人すら預かり知らないような対人関係の総て。家族構成、自称ではない年齢、住所、生年月日、在学校、友人、恋人の住所、氏名、年齢、交流頻度の走り書き。総て。  今後に役立ちそうな俳優は残しておくが、それ以外は即日で廃棄する。  口止めのネタは動画そのものだけで充分で、特に用がなければこれきりの関係に終わる。ただ、特殊な事情であったり、ストックしておいた方が旨味が増すような役者に関しては幾重にも情報を収集し必要なときのために繋いでおく。  後はすべて頭の中。不要になった時の処理に易いからだ。その為の道具(拳銃)も相川から預かっている。  情報は相川の武器になる。  その為だけにレックは生きてる。  提供者はほんの些細なことをしたとしか考えていない。  しかしそれは雪の上を駆ける石礫(いしつぶて)のように他人の些細なことを巻き込んで大局を成す。  「取り敢えず警戒だけしておけばいいよ」  『警戒』は情報収集を意味する。『処理』は何らかの策を以て打開しろと言うことだ。いずれ処理が回ってくる。その為の下準備は行えと言うことだった。  「今回捕まえた鼠も空振りだったしねぇ」  ゆったりと構えながら相川は胸ポケットを探る。
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