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◇◇◇  光、が。  目蓋の薄い皮膚を透過して網膜に射した。幾本もの黒い細い影が張り巡らされた下水路のように絡まりあい、伸びている。初めに感じるのは重力だ。自分の体が確かな質量をもって黒革のソファに沈んでいる。手も足も眼球も目蓋も、はっきりとした重みを持っている。  質量があると言うことは詰まり、自分は存在している。  レックは両目を開いて、自分の呼吸に耳を澄ませた。一縷(いちる)の雑音もなく正しく繰り返す呼吸音の中に、心音が蟀谷(こめかみ)を伝って聴こえてきた。  汚れひとつない白い天井を眺め、眼球を動かす。くるりと動いた球体はソファに備え付けられたローテーブルを見やる。数枚の書類が乱雑に広がっていた。眺める間に眠っていたらしいことは確かだ。  上体を起こす。薄い腹の、必要程度に付いた筋肉が縮んで内臓から音がした。空腹なのかもしれない。そんなことが頭に浮かんだが、横になっていたソファの向こう、窓際の作業机にスマートフォンがあるのを認めて、空腹などと言う言葉は霧散した。  フローリングに足を着く。ひんやりと冷たいのが足の平から伝わって踝辺りで留まり、体温に温もる。  幾枚かのスナップ写真、クリップで留められた書類。容姿の系統、希望の金額、可能なプレイ内容。  薄く、細長い体を丸めてローテーブルを見下ろした。カルテの1枚を指先でつまみ上げ、目線に持ち上げる。凡庸な顔立ちの男がこちらを見ていた。どこにでもいそうな顔。どこにでもいそうな髪色。どこにでもいそうな中肉中背。量産型の男。  年齢を確認し、プレイ内容と金額の兼ね合いを図る。さして高額とも思われない金額はカルテの主が『ちょっとした』割りのいいバイト感覚でいることを示していた。  11時。  予定来訪時刻を確かめて腰をあげた。質量の全てが2本の足に支えられている。書類を持ったまま作業机に向かい、スマートフォンで時刻を確認した。不在着信がある。時刻より先に確かめて留守録を聞くために耳にあてがった。耳に馴染みのある声が厄介事を伝える。20時にここへ来ること。撮影機材を用意しておくこと。  一方的な要求が慇懃な言葉遣いで伝えられている。
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