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結局、僕は店に入ってから30分足らずで横に上品に座る女性従業員に頭を下げていた。
「…………」
「えー、先生もう帰っちゃうんですかー?」
「……すみません」
「えー、先生の漢字の成り立ちついてのお話もっと聞きたかったのにー」
「……すみません」
「えー、ほんとにー?」
僕は頭を下げながら香水臭い手を肩から下ろした。
久しぶりに飲んだ酒で頭がクラクラとしていた。
さらに酒と香水が混ざった匂いから体が逃げ道を求めている。今は一人になりたくて仕方がない。とんだわがまま野郎だ。
僕は顔の前に手をやりながら村上と安西の前を通り過ぎ、人影怪しくうごめく薄暗い店内を抜け外に出た。
安っぽいネオンが飾る夜道に開放感を感じたのは初めてのことだった。深く呼吸をしながらトボトボと家に向かって歩き出す。
とてもやるせない気分だった。何をしているんだと自己嫌悪に陥る。結局僕はいつも一人になるために遠回りをしているだけじゃないかと思えてくる。そうじゃないと思いたいのに。
家に帰ると今度は煙草の匂いがした。
「…………」
僕は窓を開け、その匂いを逃がす。
どうやら高也が来ていたらしい。
たぶんまだ帰ったばかりだ。
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