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「本気で愛さない」なんて歯の浮くようなセリフをよく言えるものだと思う。しかも耳元で。他の人に聞こえないのはいいが、僕にだけ聞こえるのもたまらなく恥ずかしい。
おかげで僕は赤面しないように祈るのに必死だ。
「どうする?」
黒須が僕の手を握りながら聞く。聞かれても僕は答えられない。僕はまだ迷っていた。
「…………」
僕の心中を察したのか黒須が笑った。
「そんな困った顔しないでよ。俺はあんな風には泣かさないから」
僕だって高也と付き合い始めた時はあんな別れが来るとは思っていなかった。黒須とだっていつか別れが来るだろう。そんな予想ができてしまうんだ。お互い傷付いて別れるくらいならもう誰とも付き合いたくない。
「日向」
黒須の低い声が僕を呼ぶ、新しい声。
胸に染み込みかけている新しい声。
僕の追い込み方を知っている黒須は、僕の手と胸を握りしめている。
ああ、たしかにそうだろう。僕のことなんかを好きになってくれるのはこの男が最後だろう。こんな僕に手を差し伸べてくれるのは。
結局僕らは二人で同時に店を出て、夜道を二人で歩いていた。六年前の僕なら他の誰かと手を繋いで歩くなんて考えられなかった。
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