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 僕らはたまに、夜の道を手を繋いで歩いた。  誰もいない公園や、暗がりに佇む自転車置き場や、空き缶が寝転ぶ舗道や、小さな月が浮かぶ帰り道。  僕らの関係を知っているのは月灯りだけだった。  でもそれで良かった。  大きな事件など必要なく、ただ二人で手を繋いで歩く時間だけが大事だったから。  誰に見られずとも存在し続けるあの月のように、僕らは静かに、ずっと歩き続けていくのだと思っていた。 「大島(おおしま)先生」  教室を出て廊下を階段に向かって歩いていると、ふいに後ろから声を掛けられた。振り向くとそこに立っていたのは担任をしている三年二組の生徒、黒須一生(くろすかずき)だった。 「どうした? 黒須」 「先生、今週の日曜空いてませんか?」  黒須は長めの前髪と耳の半分を隠す髪でまだわずかに幼さの残る顔を縁取っていた。  左右対称に弧を描く二重瞼の下に佇む潤った黒目、ふっくらした皮膚を持つ頬に薄く色付く口角の上がった唇。細く長い手足で夏の制服の白シャツに濃紺のチェックのズボンを履いている。  汗の臭いなどとはなんの関係もないみたいに。     
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