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智流はそうっと家へあがると、できるだけ足音を立てないようにして廊下を歩いて行った。
リビングから志水の声が漏れ聞こえてくる。
だが、扉が締め切られているため、なにを言っているのかまでは分からない。
智流がそろりと少しだけリビングの扉を開け、こっそり中をのぞくと、やはりそこには志水と姉の愛香がいた。
志水はこちらに背を向ける形で座っており、愛香は彼の向かいのソファに座っている。
志水の表情は分からないが、姉のほうは腕を組み、眉間にしわを寄せ、なんだか機嫌が悪そうだ。
そのとき、志水の声が智流の耳へ届いた。
「……付き合って欲しいんだ、オレと」
その言葉を聞いた瞬間、智流の周りからすべての音が遠ざかった。深く深く潜水でもしているかのように。
頭の中で、志水が姉に告白した声だけが、何度も何度もリフレインされる。
……やっぱり、志水さんはお姉ちゃんのことが、好きだったんだ……!
ショックのあまり息が苦しかった。
もうこれ以上この場にいたくない。もうなにも、どんな言葉も聞きたくない。
智流は両手で耳を塞ぐときびすを返し、二人に気づかれないように玄関に戻った。
震える手で脱いだばかりの靴を履くと、静かにドアを開閉し、表に出た。
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