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手にはブラシとバケツを持ち、その身を包んでいるのは甲冑ではなく汚れてもいいような着古した作業着だ。
龍舎の管理人を務めるその者は、山に生息する熊のような体格の龍騎士たちを相手にしても全く怯んでいない。
そんな管理人に対し、普通ならば龍騎士ふたりは烈火のごとく怒っただろう。龍騎士のふたりは身分も高く、普通なら庶民が話しかけるのは許されないからだ。
だが、その少年に対し、龍騎士のふたりは慌てた様子を見せる。
「す、すまない。つい熱くなってしまって……」
「邪魔になっていたか?」
熊のように屈強なふたりが、そのあたりの街角にいそうな貧弱な管理人に恐縮して頭を下げる。
管理人はそんなふたりに対し、苦笑いで応じる。
「邪魔というか……こんなところで騒いでると、あの方たちに聞こえちゃいますよ?」
そう言って管理人は自分がいま出てきた場所、つまりは龍舎をちらりと振り返る。中からはかすかに龍の息づかいが聞こえてきていた。
龍騎士のふたりはますます慌てて、何度も頷いている。
「そなたの言うとおりだな。このようなところで下らぬ言い争いをしているわけにはいかない」
「業腹だが貴様と同意見だな。手早く用件を済ませよう。紅龍様にお変わりはないか?」
「蒼龍様は?」
それぞれ自身の騎龍の様子を管理人に尋ねる。
それに対し、龍の体調管理を司る管理人は深く頷いた。
「ご安心ください。紅龍さんも蒼龍さんもお元気ですよ。明日の決戦は万全の体調で行えると思います」
騎手たちですら「様」という敬称をつけて呼んでいるにも関わらず、管理人は龍たちを「さん」と気安く呼んでいた。だが、そのことに異を唱えるものはいない。
なぜなら、龍たち自身にそれを許された存在であるからだ。
「そうか。わかった」
「苦労をかけるが、明日まで頼んだぞ」
「首を洗って明日の戦いを迎えるがいいさ」
「ふん、貴様こそ負け惜しみの言葉でも考えておくんだな」
そう言い残し、ふたりの騎士はそれぞれ別の道に分かれて去って行った。
ふたりを見送った後、管理人は溜息を吐き、龍舎内へと戻る。
扉を閉めると同時に、少し甲高い声が管理人の脳内に響いた。
『あの子たち、帰っちゃったの?』
『中まで入ってくれば良かったのにねぇ』
必要以上にゆとりを持って作られた龍舎内。
その最奥に位置する空間に、二頭の龍が収まっていた。
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