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カラス―2
会話の際、相手とのコミュニケーションは普通その表情でとる。
――――それが不可能なのが前方の相手だ。都合のいいように私の反応を盗みとって悦に浸る。覆面の効果は大きい。
「あの夢に誘ったのは他の誰でもない、ワタシです」
笑う口元に、ちらりと舌が覗く。
「意味が分からないんですけど」
よりによって、どうして私の前に現れるのだろう。他にも人間はたくさんいるはずである。選出の基準が知りたいところだ。
「アナタが良かったんですよ」
身を乗り出してそう答えた。
「歪ませ甲斐が……じゃなくて救い甲斐があって」
悪魔らしい台詞。
私はこの覆面をカラスと呼ぶことに決めた。理由は、"仰々しいペストマスクだから"の一択だ。
「……ふうん、で、夢と何の関係があるの」
乗り気ですねえ、と愉快そうに両手を合わせる。
「最近幸福度が下がっていたので、ワタシが興味本意で二人を引き合わせたんです」
「あの夢は気まぐれだったってわけね」
カラスに幸の薄さを嗅ぎとられ、見かねられる始末。ちょっと情けない。
「ええ。でも……アナタは思い出してしまった」
脳裏に樹の姿が浮かぶ。
夢の中、照れ笑ったあの表情が反復されると、一つ鼓動が大きく鳴った。言葉にならない想いというのはきっとこの事を言うのだろう。
恋。
でも私は、この気持ちをそう呼べなかった。
「ま、予想通りでしたけどね!」
最近は忙しいのか、メールのやり取りも途絶えている。友達の少ない私と違って、充実した日々を過ごしているのだろう。
「……最低」
「何故です? 思い出せたのだから良かったでしょう、このまま忘れてしまうはずだったのですよ?」
「だから最低って言ってるのよ! こんな気持ちにしておいて……叶わないって知ってるくせに!」
かっとなって、そして悔しくて、私は声を荒げた。力強くテーブルに置いたチューハイの、炭酸が逃げる音が一瞬。
こう一人で熱くなって馬鹿みたいだと、結局想いは低迷するのだ。
「だからワタシがいるんですよ。アナタのような人間に奇跡を与える媒介として」
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