カラス―2

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 私は樹が好きだ。  そう言えないまま大人に成った。そしてその想いを封印したままで生きていた。それでよかったはずだ。  このまま人生は分岐して、そうして終わってゆくはずなのだ。 「アナタも変わってますよ、十分」  このカラスは全て知っている。この一言で痛感した。 「同情してるの?」 「いえ、傍観してます」  そうだろう。  カラスはストローを(もてあそ)んでそっけなく言う。 「これはアナタ方の問題でしょう?」  ぐうの音も出ず沈黙していると、ぱっと灯りがついた。辺りは随分暗くなっている。立ち上がったカラスは得意気に笑う。 「ですが……当たりくじを引いたとそう言ったでしょう」  私は淡い期待にカラスを見つめる。  これは悪魔の果実への誘導――――そんなお決まりは承知の上だ。 「アナタに、かの夏への切符をお渡ししましょう」  嘘、と小さく漏れた一言を、真っ黒なカラスは嗤う。 「受けとるも拒むもアナタの勝手です」  過去へ戻ることができるというもの。本当にそんなことがあるのか、半信半疑に考える。  後悔を解消するため? 想いを伝えるため?   私だけが時空を越え過去を変えるという、大層な不条理を、世界は、樹は許してくれるのだろうか。 「これが唯一の、アナタを救う方法なのです」  告げられ、チクリと痛む胸。確かに、現実ではもうどうにもならないと思う。  決定的な一つの隔たりがあるから。  想いが想いでなくなる原因があるから。  だって樹は――――。 「…………行く」  そうはっきりと口にできた。 「もう後悔はしたくない」  決意の眼差しに応えるかのように、カラスは真っ黒な(マント)を広げた。 「決まりですね? 神田このみさん」  樹は――――男じゃない。 「アナタは……世界一のラッキーパーソンです」  男の子と見紛うほどの容姿と、女の子だからこその優しさ。  なびく短い黒髪には、たまに寝癖がついていた。  ごめん樹。私、あなたにまた、恋をしている。 『いざゆかん、記憶と時の水脈を辿って』  誰かの声が響いた。カラスのようでカラスではない。不思議な声が、眩い光を生み出した。
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