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私は樹が好きだ。
そう言えないまま大人に成った。そしてその想いを封印したままで生きていた。それでよかったはずだ。
このまま人生は分岐して、そうして終わってゆくはずなのだ。
「アナタも変わってますよ、十分」
このカラスは全て知っている。この一言で痛感した。
「同情してるの?」
「いえ、傍観してます」
そうだろう。
カラスはストローを玩んでそっけなく言う。
「これはアナタ方の問題でしょう?」
ぐうの音も出ず沈黙していると、ぱっと灯りがついた。辺りは随分暗くなっている。立ち上がったカラスは得意気に笑う。
「ですが……当たりくじを引いたとそう言ったでしょう」
私は淡い期待にカラスを見つめる。
これは悪魔の果実への誘導――――そんなお決まりは承知の上だ。
「アナタに、かの夏への切符をお渡ししましょう」
嘘、と小さく漏れた一言を、真っ黒なカラスは嗤う。
「受けとるも拒むもアナタの勝手です」
過去へ戻ることができるというもの。本当にそんなことがあるのか、半信半疑に考える。
後悔を解消するため? 想いを伝えるため?
私だけが時空を越え過去を変えるという、大層な不条理を、世界は、樹は許してくれるのだろうか。
「これが唯一の、アナタを救う方法なのです」
告げられ、チクリと痛む胸。確かに、現実ではもうどうにもならないと思う。
決定的な一つの隔たりがあるから。
想いが想いでなくなる原因があるから。
だって樹は――――。
「…………行く」
そうはっきりと口にできた。
「もう後悔はしたくない」
決意の眼差しに応えるかのように、カラスは真っ黒な羽を広げた。
「決まりですね? 神田このみさん」
樹は――――男じゃない。
「アナタは……世界一のラッキーパーソンです」
男の子と見紛うほどの容姿と、女の子だからこその優しさ。
なびく短い黒髪には、たまに寝癖がついていた。
ごめん樹。私、あなたにまた、恋をしている。
『いざゆかん、記憶と時の水脈を辿って』
誰かの声が響いた。カラスのようでカラスではない。不思議な声が、眩い光を生み出した。
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