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カラス―1
眩しい青空。春の陽気に目を細める。
街には、花粉予防のためにマスクを着けた人々の姿。あるいは晴天に浮かれたようにはしゃぐ小学生。あるいはスマホと顔をつき合わせて、死んだような表情で片手を動かす女子高生。
そして出勤中の労働民の模様もいつもと何ら変わらない。
入学式が終わって一週間。生徒たちの表情はいたって平々。普通に授業はあるし、部活もある。
新たな一年生ばかりが、どこかそわそわと、初々しい瞳を輝かせていた。
世間同様、何事もなく私の一日も過ぎてゆくはずだったのに。私はあの夢のことで頭が一杯だった。
いや、正確には、樹のことで頭が一杯だったのだ。
始業式も、折々の予鈴も、全く私の浮遊した意識を引っ張りきることはなかった。
私をようやく正気に戻したのは、少し甲高い、女子生徒の声だった。
「ねえせんせ、聞いてる?」
「え? あ、ごめんなさい」
カウンター越しに頬杖をついてこちらを見つめる、挑発的な目。どこか悪戯っぽく笑うその少女は、この図書室の常連、桑田優希。愛称はゆっちゃん。
放課後の斜陽は、丸いテーブルにいくつもの影を伸ばしていた。
「しっかりしてよ、全く。今週のオススメは?」
ここはバーじゃないんだよ、ゆっちゃん。かれこれ一年も通い続けている。最初の頃に比べて大分フレンドリー(?)に接してくれるようになった。私の数少ない話し相手の一人である。
「職員室行ってないでしょ?」
ドキッとして動作が止まった。勘のいい奴だと脱帽して、無言で本を差し出す。カウンターの名簿に名前が増えた。
「『悪魔の名前』、ねぇ……」
「ファンタジー好きでしょ? この前は歴史物だったから気分変えてみた」
はああ、と大袈裟なため息をついて、ゆっちゃんは続けた。
「ほんっと、誤魔化さないでよね。どうせ今日も職員室行ってないんでしょ!」
朝礼は出たやいと言い返すも、それ以上私に言えることはない。実際行っても意味がないし、感じが悪くなるのも理解している。
だがそれ以上に壁があるのだ。
「もっとしゃんとしなさいよ。これじゃいつまでたっても現状は変わらないよ?」
「……だけどさ、女って頭のいい生き物なんだよ」
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