カラス―1

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 私が職員室に行きたくないのは、人間関係のお陰だ。  特に他の女性教員と相性が悪いらしく、色々とやっかみをかけられるためである。お局様と互角に渡り合えるほど、私は強くない。 「ほら、部活あるんでしょ。急いだ急いだ」  ゆっちゃんは小さな唇を尖らせて、本を片手に図書室を出ていった。  時計が規則正しく脈を打つ。ゆっちゃんがいなくなると、途端に静寂が増したように感じる。    子供は鋭い。  高校生を子供と呼ぶかは不明瞭だが、彼女らには、大人には見えない、聞こえないものを敏感に感じる能力が備わっている。そしてそれは大人になって社会に揉まれて、等しく失ってゆくものでもある。  私にもこんな頃があった。  と、また不意に思い出す。  あの夢での出来事。  懐かしさと、愛しさ。  忘れていたはずの感情が。再び。きっかり諦めがついていたはずなのに、こう、揺さぶってくる。  悪魔の仕業だろうか。今更こんな気持ちにさせるとは性悪だ。  大人になった今、樹は自分なりの道を見つけて歩んでいる。もう高校時代の樹ではないし、それは私だって同じだ。  だというのに。  職員室へ戻り、帰り支度を済ます。幸い補習のため、残っている教員は少なかった。  ふと窓の外を見ると、何人かの生徒が必死にノコギリを引いて木を切っているのが見えた。  演劇部だ。作っているのは大道具だろうか。三年連続地方大会出場、しかし文化部ということもあってか、中々頑張りを認めてもらえないらしい。でも、それでも前を向いてひたむきに努力を続ける――――若さは力だ。  私も、そんな青春を知っている。  あったようでなかったような夏の一時ひとときを。  「お先に失礼します」と誰に言うともなく会釈して職員室をあとにした。  職員玄関から出てきた私に、生徒たちは儀礼的に挨拶する。運動部員も文化部員も。そして私も儀礼的に挨拶を返す。   「いいなあ先生って定時で帰れて」「部活もってないからでしょ」「暇そう」などなど。  これが皆に見えている私の姿であり、高校で大人として生活して初めて先生の立場というのを実感させられた言葉だ。  この仕事は嫌いじゃない。かといって好きでもない。  
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