カラス―1

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 他の先生のように生徒と共に熱中できるなんてことはない。どうして教員になったのかと問われれば、本に接していられるからであり、子供が好きだからではないのだ。  半ば自己完結しつつある。  このまま人生をぬるぬると過ごしてゆくのだろうと。  こういう時、周りの人間が気になってしまう。この人は人生を楽しんでいそう、あの人は金がありそう……そういった羨望の視線を送りつける。  とても醜い心を持ったものだ。幸薄い自分と比べられる、見ず知らずの人に申し訳ない。  ここまでへりくだった性格ではなかったはずなのだが。  団地はいつものように白くそびえている。  ランドセルを揺らして走る小学生は、無邪気に笑って風を起こした。  たんたんたん、とリズムよく階段を上る。無機質なリズム。終始うつむいて、冷たい足音を響かせる。  部屋は薄暗く私を待っていた。この狭さと暗さが自分にとって丁度よく、居心地がいい。  部屋のせいか? もっと家具に暖色を取り入れたら明るい性格になれるのだろうか。靴を乱雑に放って、ただいまと呟く。  呆れ返るほどに平淡な、日常の終点。  冷蔵庫にはチューハイの缶が二本。二本とも持ってソファへ向かった。  やけに感傷深い一日だった。  録り貯めた洋画と共に一杯やろう、そして今日をまあるく畳んでしまおう――――。  途端、身体は硬直した。  ソファに誰かいる。見るからに怪しい格好で、ペストマスクに真っ黒なマントを羽織っている。  泥棒、いや、鍵はかけてあったはずだ。密室……もしかして窓から入ったのか? 「こんばんはお嬢さん」  嘴がこちらに向いた。マスクのせいで表情は見えない。声色は男性だ。  ニヤリ口元が歪んで、白い牙が見えた。 「あ……」 「あ?」 「悪魔……?」  ぷっ、と吹き出す。爪の長い人差し指をこちらに向けて、さも可笑しそうに笑う。 「アナタ馬鹿ぁ?」  馬鹿とはなんだ。  こうも耳障りに笑っていられては、こちらの立場はない。先ほどまでの緊張感は無に帰り、私には苛立ちが生まれるほど心のゆとりが生まれていた――――この非現実的な状況にも関わらず。
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