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他の先生のように生徒と共に熱中できるなんてことはない。どうして教員になったのかと問われれば、本に接していられるからであり、子供が好きだからではないのだ。
半ば自己完結しつつある。
このまま人生をぬるぬると過ごしてゆくのだろうと。
こういう時、周りの人間が気になってしまう。この人は人生を楽しんでいそう、あの人は金がありそう……そういった羨望の視線を送りつける。
とても醜い心を持ったものだ。幸薄い自分と比べられる、見ず知らずの人に申し訳ない。
ここまでへりくだった性格ではなかったはずなのだが。
団地はいつものように白くそびえている。
ランドセルを揺らして走る小学生は、無邪気に笑って風を起こした。
たんたんたん、とリズムよく階段を上る。無機質なリズム。終始うつむいて、冷たい足音を響かせる。
部屋は薄暗く私を待っていた。この狭さと暗さが自分にとって丁度よく、居心地がいい。
部屋のせいか? もっと家具に暖色を取り入れたら明るい性格になれるのだろうか。靴を乱雑に放って、ただいまと呟く。
呆れ返るほどに平淡な、日常の終点。
冷蔵庫にはチューハイの缶が二本。二本とも持ってソファへ向かった。
やけに感傷深い一日だった。
録り貯めた洋画と共に一杯やろう、そして今日をまあるく畳んでしまおう――――。
途端、身体は硬直した。
ソファに誰かいる。見るからに怪しい格好で、ペストマスクに真っ黒なマントを羽織っている。
泥棒、いや、鍵はかけてあったはずだ。密室……もしかして窓から入ったのか?
「こんばんはお嬢さん」
嘴がこちらに向いた。マスクのせいで表情は見えない。声色は男性だ。
ニヤリ口元が歪んで、白い牙が見えた。
「あ……」
「あ?」
「悪魔……?」
ぷっ、と吹き出す。爪の長い人差し指をこちらに向けて、さも可笑しそうに笑う。
「アナタ馬鹿ぁ?」
馬鹿とはなんだ。
こうも耳障りに笑っていられては、こちらの立場はない。先ほどまでの緊張感は無に帰り、私には苛立ちが生まれるほど心のゆとりが生まれていた――――この非現実的な状況にも関わらず。
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